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岐阜簡易裁判所 昭和56年(ハ)24号 判決 1981年9月30日

原告 田村昭七

被告 岐阜市

右代表者市長 蒔田浩

右訴訟代理人弁護士 土川修三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二、一七〇円およびこれに対する昭和五六年一月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一、二項と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五六年一月二〇日開催された、岐阜市主催の岐阜競輪第九レースの勝者投票の的中番号は、5―1であって、その勝者投票券(以下車券という)の払戻金は車券(百円券)一枚につき金一〇五〇円であったが、原告は同レースにおける右番号の的中車券(百円券)五枚を購入していた。

2  そこで、原告は、被告職員甲野花子に対し、右的中車券五枚を提示してその払戻金の支払を請求したのであるが、右甲野は原告に対し、払戻金合計金五、二五〇円を支払うべきところ、誤って、右金額より金二〇〇円少ない金五、〇五〇円を支払った。

3  ところで、原告は、前同日第一〇レースの投票において、同レースの的中番号4―2の車券(百円券)一枚を購入する予定でいたが、右甲野の前記払戻金の誤払いによって右車券を購入することができず、そのため、右的中車券の払戻金である金二一七〇円相当額の損害を蒙った。

4  而して、被告の行う競輪事業に従事する右甲野は公権力の行使にあたる公務員であって、同人が、前記のように、その職務を行うについての過失により原告に損害を蒙らせたのであるから、被告は原告に対し、国家賠償法第一条に基づき賠償の義務がある。

5  よって、原告は被告に対し、右金二、一七〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一月二九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日、第九レースにおける勝者投票の的中番号は5―1であって、その払戻金が一枚(百円券)金一、〇五〇円であることは認める。原告が同番号の的中車券(百円券)五枚を購入していたことは知らない。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、原告がその主張の車券を購入しようとしたことは知らない。その余は否認する。

4  同4は否認する。

三  抗弁

1  本件競輪事業における車券の売買は、公権力による行為ではなく、単なる私法上の行為であるから、国家賠償法の規定に基づく本訴請求は却下さるべきである。

2  仮りに、被告が原告に対し、前記第九レースの的中車券払戻金が金二〇〇円不払であったとしても、被告はその支払義務はない。

(一) 前同日、右甲野が原告に対し、払戻金不足分として金二〇〇円を提供したが、原告はその受領を拒絶して、同人に対し右債務を免除する旨の意思表示をなした。

(二) 仮りに、右免除が認められないとしても、自転車競技法第九条の四によって、昭和五六年三月一〇日の経過により、原告の被告に対する右払戻金請求権は消滅時効が完成した。

四  抗弁に対する認否

抗弁2(一)、(二)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  昭和五六年一月二〇日開催された、岐阜市主催の岐阜競輪第九レースの勝者投票の的中番号は5―1であって、その勝者投票券(以下車券という)の払戻金は、車券(百円券)一枚につき金一、〇五〇円であったことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、甲野花子は岐阜市の非常勤職員であって、当日、右競輪場第七東払戻所において、的中車券の払戻金支払窓口業務に従事していたこと、通常は、払戻金の支払窓口業務は一支払窓口当り三人の職員が一組で担当し、そのうちの二名が、それぞれ、顧客から的中車券を受取りその枚数を調べるとともに他の一名のデスクにその枚数を知らせ同デスクから的中車券の枚数に応じた現金の支払を受け、これを顧客に支払う取扱いがなされているが、右当日においては、右デスクの人が急に休んだため、新しい人が代って執務していたこと、原告は、第九レースの的中車券である5―1の車券(百円券)を五枚購入していたこと、同レース終了後、同レースの的中車券が前示のとおり5―1であったので、これが払戻を受けるため、右甲野が執務中の前記払戻所窓口に赴き、同人に対し、的中車券を提示して「一枚は細かいのでくれ。」と申出たこと、右甲野は、右のように原告が言葉をかけたことから、支払うべき現金のうちの千円紙幣一枚を両替えすることに気を奪われたことや、前示のとおり、デスクに新しい人が執務していたため同人との間で意思の疎通を欠いたことなどから、原告に対して支払うべき払戻金が合計金五、二五〇円であるのにデスクから渡された払戻金の支払金額の確認をすることもなく、右金額より金二〇〇円少ない金五〇五〇円を支払ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

およそ、払戻金窓口支払業務を担当する者としては、顧客に対し、払戻金を支払う場合には、計算違い等により払戻金支払額の誤払いのないように努むべき職務上の注意義務があるものといわなければならない。然るに、甲野は、右注意義務を著しく怠った過失により、原告に対して前記のように金二〇〇円不足のまゝ払戻金を支払ったのであるから、原告に右同額の損害を与えたものということができる。

三  被告は、本件競輪事業における車券の売買は公権力による行為ではなく、単なる私法上の行為であると主張するので判断する。

国家賠償法第一条は、当該不法行為たる公務員が公権力の行使にあたるものであることを要件としている。右の公権力の行使とは、国又は公共団体の作用のうち純然たる私経済作用及び第二条によって救済される営造物の設置・管理作用を除く、総べての作用をいうのであって、いわゆる非権力作用を含むものと解せられている。

ところで、競輪は、勝者投票券を発売し、これを観客が購入することによって金銭を賭けさせ、勝者投票の的中者に対して、自転車競技法に定める一定の方式に従って算出された払戻金を交付するというものであって一種の賭博であり、私法上の契約原理に基づいていることは否定できない。しかし、賭博は刑法上罪とされているが、同法に基づく競輪事業は、同法によってその施行者は、都道府県及び自治大臣が指定する市町村に限定されていて、それ以外の者はこれを行うことができず、また、その実施運営にあたっても、同法、同法施行規則等に詳細な規定がおかれるなど、その基礎を法令におくものであって、この種の賭博を、公的に運営し、一定の制限のもとで公認し、秩序と公正を維持してこれを大衆の利用に供し、もって大衆に対して娯楽を提供するかたわら収益をあげ、これを自転車その他の機械の改良及び輸出の振興、機械工業の合理化、ならびに体育事業その他公益の増進を目的とする事業の振興、地方財政の健全化のための必要な経費の財源にあてるところに、その公共的、行政的意義が見出されるのであるから、自転車競技法に基づく競輪は単なる賭博ではなく、社会福祉目的をもつ行政作用と解するのが相当であり、これをもって純然たる私経済作用ということはできない。

そうとすると、自転車競技法に基づく競輪の運営作用は、公権力の行使というべきであるから、その業務の一過程である勝者投票券の売買的中車券の払戻金支払行為は、国家賠償法第一条第一項にいう公権力の行使に該当すると解するのが相当である。

四  原告の蒙った損害については、前示二認定のとおりであるが、原告は、右金二〇〇円を支払われなかったため、第一〇レースにおける的中車券(百円券)一枚を購入することができなかったことを理由として、右的中車券の払戻金相当額である金二、一七〇円の損害を蒙った旨主張するが、右払戻金の誤払という行為と原告の主張する右損害の発生との間に相当因果関係が存在するとは認め難いのであって、本件において、前示認定の損害額以上の損害を求めることは困難であるといわなければならず、原告の右主張は失当である。

五  《証拠省略》を綜合すると、右当日原告は、第一〇レースの車券発売中に、前記払戻金の不足に気付き、直ちに岐阜市職員沢田保男にその旨申出るとともに、同人の指示に基づいて、甲野が執務中の払戻金支払窓口に赴いたこと、そこで、甲野は原告に対し、手元に残っていた右不足金二〇〇円を提供したが、原告は、甲野に対して払戻金支払を間違えることのないような趣旨の文句を述べたのみで、甲野の差出した金員を受取らないまゝ立去ったこと、その後においても、原告から右不足金について支払を求められることはなかったことがそれぞれ認められる。そうとすると原告は甲野に対し、黙示的に右債務相当額の損害金についての支払を免除する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当である。

六  以上の次第であるから、その余の事実を判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は、理由がなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木覜司)

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